人が亡くなると、お医者さんが口にするのは、「ご臨終です」という言葉。それは脈がなくなった、心臓が活動を停止したという状態、すなわち、人の死を意味します。
でも、臨終とは、そんな死を意味する言葉なのでしょうか。
近頃の私は、そんな疑問を持つようになりました。それというのは、日蓮聖人のご遺文の中に、「まず臨終を習うて、他の事を習うべし」というお言葉があるからです。
「臨終を習うといったって、死んでから、なにを習えっていうのだろうか」と思ったことがありました。そんな時、先輩が、「お前、なんて勘違いしているんだ。臨終とは、死に臨んでということ、すなわち生きているうちの心がけのことをお祖師さまはお説きになっているんだよ」と教えてくれたのです。
なるほど、そういうことなのかと納得したのですが、なんといっても、その頃の私は若かったのです。死ぬなんてのは、遠い先の事と思って、臨終という言葉を頭の隅に追いやっていました。
ところが、最近、この言葉が、頭の隅から、心の真ん中に移動してきたのです。別に死ぬことを意識したというのではありません。ただ、始まりがあれば、終わりは必ず来るということが、年を取ると共に分かって来たからです。
「有終の美」という言葉がありますが、終わりに臨んで、自分は、どういう態度をとったらいいのだろうかと思うようになりました。そこで「有終の美」といえば、プロ野球選手の引退試合が参考になるのではと、切り抜いていた古い新聞記事を引っ張り出しました。そこには対照的な2人の引退の模様が述べられていたのです。1人は今もマスコミを賑わせている清原和博さんの引退記事です。
高校を卒業する時、憧れの球団ジャイアンツに入れなくて、西部ライオンズに指名された清原選手。その悔しさがバネとなり、ライオンズで大活躍。そしてフリーエージェントで巨人のユニフォームに袖を通し、いろんな体の故障にも負けず、ジャイアンツを解雇された後にも、オリックスで頑張り、ついにユニフォームを脱ぐことになった清原さん。その引退試合には、イチロー選手をはじめ、多くの友人が駆けつけたのです。
涙、涙の引退試合でした。ところが、その引退試合に対し、ちょっと冷たいとも思えるようなコメント発表した人がいたのです。それは、大先輩で、中日ドラゴンズの監督だった落合博満さん。
「引退というのは、自分がやめると決めたその日まで、誰にも言わず全力でプレーするものだ。だから、俺は引退試合なんかしなかった」と。実際、落合博満さんの、最後の試合は涙なしのものだと聞いています。
引退という人生のけじめに臨んで対照的な美を演じたこの2人の野球人。
どちらが立派だというつもりはありません。なぜなら、落合さんが一番認めていた現役選手は「清原だ」という話で、この記事は締めくくられていたからです。