人生には波があります。調子のいい時もあれば、行き詰る時もあります。他人がスイスイと人生を渡っているのを見れば、どうして自分だけ、こんなについてないんだろうと悩みたくなるものです。
そこで今日は、そんなあなたに〈毎日が行き詰り〉というお話をしましょう。日本経済界の重鎮といわれた土光敏夫さんが、石川島重工業の社長だった時のことです。
「人生には、いろんな行き詰りや壁があると思うが、諸君は、勇気をもって、その壁にぶつかってほしい」と土光さんは社員に話しました。すると一人の青年社員が「私には壁はありません」と発言したのです。土光さんは、あの特徴のあるギョロリとした目玉で「そうか、君には壁がないのか」と聞きました。「しまった」と思ったものの、こうなると「はい」という他はありません。
「君は狭い部屋の中でただ座っているだけじゃないのか。立って歩いてみろよ。たとえ四畳半だろうが、六畳だろうが、立って歩けば必ず壁にぶつかるものだ」こんな話をする時の土光さんは、若い者にも負けないようなエネルギーが体中にあふれています。「僕なんかは、毎日が行き詰りだと思っているよ。行き詰らない人生のほうがかえっておかしいんだ。毎日少しずつでも前に進んでいれば必ず行き詰りは来る。壁がないなんていうのはむしろ問題意識がない証拠だよ。だから君にも、問題意識をもって、この人生を生きてほしいと思うな」こう語る土光さんは、社員を厳しく教育する以上に、自分に厳しい人でした。だから「わたしが八十何年人生をやってきてみて経験したことは何かといえば、いろんな障害があったが、それに背を向けて逃げずに前向きに生きていけば、必ず進歩があったということです」という晩年の言葉があります。だから社長仲間が「いまどきの若い者は・・・」とぼやくと「あなたがたは、時代という名の列車から降りて、ものを見ているんじゃないか。私はたとえ最後尾の車両でも、新幹線に乗っているつもりだ」とハッパをかけました。いわば、土光さんにとって、ただ眺めるより、自ら時代の中に生きることが行き詰りの解決法だったのです。
だからこんな言葉も残しています。「きょうという日は、すべての人にとって平等に訪れるかけがえのない一日である。だからこの一日を粗末に過ごす人は、毎日を粗末に過ごし、一生を粗末に過ごすことになる」と。
「人生は、要は志の問題だ」と土光さんは語っているのです。