わたしが、お檀家さんのところに月まいりに伺った時のことです。玄関に入って、いくら「ごめん下さい」と声をかけても返事がありません。中からはテレビの音が聞こえてきます。おもいっきり大きな声で「ごめん下さい」と叫ぶと、やっとのことで返事がありました。「あっ、おいでになってたんですか。どうもすみません」と主人がバツの悪そうな顔で出てきました。

 

 ちょうどその日は日曜日、テレビではオリンピックの実況放送をやっていました。日本の選手の姿がテレビにうつっています。子供たちが、「ガンバレ」と声援しています。私は内心「悪い時に来たなあ」と思いながら、仏壇の前にすわりました。ローソクに火をつけ、線香をたて、お経をあげようとしても、となりの部屋の熱狂した応援の声はやみません。

 

 ガンガン鳴るテレビの音に負けるものかと、私も大きな声でお経をあげはじめました。その時です。「あんたたち、何しよるんね、お上人さんがお経をあげてくれてるのに」

 

とたんに、となりの部屋のテレビの音が消えてしまいました。

 

 ご回向が終わって、うしろを振り返ってみると、ご主人をはじめ、子供たちもきちんと正座して神妙な顔をしています。

 

「すみませんね。私がいないと、みんなこうなんですから」という奥さん。「いや、いいですよ。さあさあ、ぼくたち、もう終わったからテレビを見ていいよ」というと、待ってましたと言わんばかりに子供たちはテレビの方にかけだそうとしました。ところが、足がしびれていて立てません。はうようにして、となりの部屋に行きテレビのスイッチをつけたようです。

 

 再び、ワーワーという声がします。お茶をいただきながら、「どう、日本は勝ってるかい」と声をかけると、「うん」という元気のいい声がかえってきました。

 

「これでいいんだな」と思いました。そして、「ここの奥さんは偉いな」と思いました。

 

 私たちの暮らしにはケジメが大切です。本当なら、私が注意してあげるべきだったのでしょう。人生、他人に教えられることが多いものです。